絶望の中の光

(現場画像)
振り返りからの着眼:剥き出しの残骸が問いかけるもの

 斎場御嶽へと続く旧道、當間殿の横から農道へと抜けるあの道に、かつて「効率」という名の暴力が振るわれた。2015年、春のことだ。

 目的は「抑草」。

つまり、生命力溢れる沖縄の草木を、人間の管理下に置くための封じ込めである。当時、南城市の文化課が導き出した回答は、土をガチガチに固めるという、およそ情緒とは無縁の工法だった。

担当者は平然と言い放った。「草が生えなくなったら、それでいいじゃないですか」と。

 だが、自然をねじ伏せようとしたその「硬い土」は、雨が降るたびに牙を剥いた。吸水性を失った地面は、歩く者の足元を無慈悲に滑らせる。

安全という最低限のコストすら支払えない、欠陥品へと成り下がったのだ。

 現在、その通りを歩けば、そこには無惨な光景が広がっている。

かつての誇り高き石畳は、中途半端な工事によって破壊され、今や「残骸」としてその骸をさらけ出している。それは、合理性だけを追い求め、土地の文脈や歴史、そしてそこを歩く人間の「感覚」を置き去りにした行政の、思考停止のメタファーそのものだ。

 私たちは、草を敵と見なし、排除することに躍起になってきた。しかし、その結果手に入れたのは、滑りやすく、美しくもなく、魂も宿らない「死んだ道」だった。

 大事なのは、草を生えさせないことではない。

その土地が持つ固有の物語を、どう現代の価値として「アップサイクル」するか、ということだ。

石畳の残骸をただのゴミとして放置するのか、それとも、失われた祈りの道の記憶を再生させるための「起点」とするのか。

 剥き出しの残骸は、沈黙したまま私たちに問いかけている。

 管理という名の思考停止を捨て、本当の意味での「共創」を始める覚悟があるのか、と。

 絶望的な光景の中にこそ、次なる再生のヒントが隠されている。私はそう信じたい。

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