意志の力による生命の活性化
(イメージ画像)
ネット番組からの着眼:意志の力と、ミトコンドリアという名の小さな獣 国道沿いのバス停でバスを待っていると、いつも同じ匂いがする。
微かなゴムの焼ける臭いと、湿った空気が混じり合った、停滞の匂いだ。コミュニティバスの中は、例外なく「退屈」と「疲弊」が張り付いている。彼らの細胞の中で、エネルギーを産生するはずのミトコンドリアは、おそらく泥のように眠っているはずだ。
だが、目白にある学習院大学のラボでは、全く別の時間が流れている。
柳茂というプロフェッショナルが、顕微鏡の向こう側に「宝物」を見つけていた。彼はそれを「サイエンスは宝探しだ」と淡々とした口調で言う。そこには、絶望に効く甘い言葉など一つもない。あるのは、冷徹なまでに機能的な、生命の維持システムだ。
ミトコンドリアは、かつては別の生き物だった。
20億年前、それは独立したバクテリアとして地球を彷徨っていた。今では僕たちの細胞の中に「共生」という形で組み込まれているが、柳教授がライブイメージングで捉えたその姿は、驚くほど能動的だ。分裂し、融合し、小胞体と接触し、まるで「意志」を持っているかのように激しく動き回る。
柳教授が発見した「マイトルビン(Mitorubin)」という名の分子は、そのミトコンドリアの「やる気スイッチ」とも呼ぶべきマイトル((Mitoru)という酵素を叩き起こす。
2026年3月に発表された最新の論文によれば、この水溶性を高めた新たな誘導体は、老化によって肥大し、うっ血した老齢マウスの心臓を、若者のそれのように力強く拍動させたという。それは、システムが正常に再起動した瞬間の、静かな、しかし圧倒的な勝利の記録だ。
だが、僕が最も震えたのは、その化学物質の有効性以上に、柳教授が説く「意志の力」についての知見だった。
教授によれば、ミトコンドリアを元気にするのは、マイトルビンや冷刺激といった外部からの介入だけではない。本人の「意志の力」——つまり、生きようとする強烈な意欲そのものが、ミトコンドリアのダイナミクスを活性化させるのだという。
それは、精神論ではない。生物学的な事実だ。
褐色脂肪細胞(BAT)という、脂肪を燃やして熱を作る特殊な組織がある。そこではパルミチン酸がUCP1という既存の経路を無視して、特異的な熱産生を引き起こす。
柳研究室の石川という若い研究者が解明したこの新機序は、僕たちが自分自身の体内の「燃焼スイッチ」を、もっと能動的に、もっと直接的に操作できる可能性を示唆している。
意志を持たない生命は、機能不全を起こした機械と同じだ。
ミトコンドリアが僕たちの意志に呼応し、熱を産み、心筋を動かし、神経細胞の「ゴミ」を掃除して歩く 。
そのプロセスを、柳教授は「生命社会学」と呼ぶ。個体としての人間と、細胞内のミトコンドリアが、相互に影響を与え合いながら生き残るための、一種の生存戦略だ。
結局のところ、僕たちに足りないのは「マイトルビン」という物質以上に、自分自身のミトコンドリアを動かそうとする「意志」そのものなのかもしれない。
「宝探し」をあきらめた人間に、ミトコンドリアはエネルギーを貸してはくれない。
機能は、自らの意志に従う。
目白のラボで蠢(うごめ)く、あの小さな、自律的な獣たちの輝きを思い出すとき、僕はバス停の不快感から、少しだけ解き放たれたような気がするのだ。
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