『雄気堂々』。
(イメージ画像)
新聞記事からの着眼:微笑むリアリストの生存戦略
新札の顔となった男、渋沢栄一。
彼について書かれた城山三郎の『雄気堂々』を紐解くと、そこには現代の「成功者」たちが忘れてしまった、ある決定的な手触りがあることに気づかされる。
渋沢は、埼玉県の一農民の子として生まれた。当時の日本において、それは「血筋」という名の強固な檻の中にいることを意味していたはずだ。しかし彼は、明治の元勲たちと肩を並べる場所まで、自らの足で歩いていった。特定の藩閥という「シェルター」に逃げ込むことなく、だ。
僕たちが生きるこの社会はどうだろうか。
SNSを開けば、自分と同じ意見を持つ者同士が肩を寄せ合い、見えない「藩閥」の中に閉じこもって安心を得ようとしている。だが、渋沢が選んだのは、その対極にある道だった。
彼は、常にニコニコと笑い、人の話をよく聞いたという。
それは単なる「愛想の良さ」ではない。自分の利益やプライドという狭い世界に固執せず、世界を記述するための「開かれた回路」を持っていたということだ。
彼は知っていたのだ。
自分一人のためだけに動くエネルギーには限界があり、それが「公(おおやけ)」という大きなエンジンに接続されたとき、初めて人間は、個人の能力を超えた不可能な仕事を成し遂げられるのだと。
「世のため、人のため」という言葉は、今では手垢のついた道徳的な響きしか持たないかもしれない。しかし、渋沢にとってはそれが、極めて高度で合理的な「生存戦略」だったはずだ。
自分の損得だけで動く人間は、状況が変わればすぐに見捨てられる。
だが、社会全体のシステムを最適化しようとする人間は、システムそのものに必要とされる。
彼は「経済」という巨大な生き物の心臓を動かすために、自らをその部品として、しかし誰よりも能動的に差し出したのだ。
僕たちは今、投資やスキルの習得に余念がない。それは悪いことではない。
だが、その視線の先にあるのは「自分」という小さな器だけになっていないか。
渋沢栄一が現代に生きていたら、きっとこう言うだろう。
「もっと遠くを見なさい。そして、もっとよく笑い、他者の言葉を、その背景ごと飲み込みなさい」と。
閉塞感という言葉で片付けるには、この世界はあまりに豊かだ。
必要なのは、特定の誰かに媚びることではない。
自分の中にある「公」への意志を再定義し、しなやかに、そして『雄気堂々』と、このカオスなマーケットを泳ぎ切る。
雄気堂々。
そのためのヒントは、百年前の男が浮かべていた、あの穏やかな微笑みの中に隠されている。
コメント
コメントを投稿
コメントありがとうございます。