本末転倒を正す

(イメージ画像)
​聖域の「執行率」と、​「反戦平和」の握手の体温 —— 南城市の現場から問う。

​平和を願う言葉が、壁一面を埋め尽くしている。その写真が、現状の​「ひにくさ」を象徴する。

壁に掲げやれたのは、​「平和の最大の敵は無関心である」と​「戦争の最大の友も無関心である」だ。

のぼり札のその前で、二人の人物が静かに手を握り合っている。

一見すれば、それは歴史の継承を象徴する美しい光景だ。

だが、その背後にある「現実」を透かし見たとき、私たちはある種の寒気を覚えることになる。

​かつて、沖縄には「二項対立」という深い溝があった。

戦後長く続いた「平和か、経済か」という不毛な分断。そこに楔を打ち込んだのが、翁長雄志だった。

革新共闘と保守の対立は、2項対立の象徴であった。

彼は「保守のウィング」を広げ、アイデンティティを利害の先に置くことで、新しい沖縄の姿を示そうとした。

だが、彼が去った後の大地に今、何が起きているか。

​仲井真政権下で確立された「年間3000億円超」という振興予算。

それは「一括交付金」という名のもとに、沖縄の自律を促すはずのツールだった。

しかし、現実はあまりに皮肉だ。

小規模な自治体の現場は、膨大な事務負担と「執行率」という数字のプレッシャーに晒された。

その隙間に滑り込んできたのは、地域の文脈を解さない、本土のコンサルタントたちだった。

​南城市の現状は、その「本末転倒」の極みを堂々と実行した。

字や地域への助成金は「コンサルが最初から関与していなければ対象外」とされた。

実際に外された事例もある。

住民が泥をかき、額に汗して考えた知恵よりも、コンサルがテンプレートに流し込んだ「美しい報告書」が優先される。

字や自治会の自主自立の企画は評価の対象外にされ、企画が実施された後のコンサルからの成果物、報告書が優先された。

今、斎場御嶽(せーふぁうたき)という聖域を舞台に、新しい観光DMOが動き出そうとしている。

だがその中枢には、かつての市政幹部たちが座り、横文字の「NFT」や「Web3」といった言葉を弄んでいる。

​現場で祈りを守り、歴史を伝えてきたガイドやボランティアたちは、深い不安の中にいる。

自分たちが守ってきた「核心」が、予算を消化するための「ネタ」として食いつぶされていくのではないか。

壁に貼られた、先の「無関心は敵」という言葉。

だが、最も残酷な「無関心」とは、現場の体温を無視し、システムと利権を回すことだけに熱中する、権力の側にあるのではないか。

​「行動ないところに、核心無し」。

握手というポーズが、もし「同じ穴の狢」の確認に過ぎないのだとしたら、そこには平和も自律も存在しない。

私たちが今、本当に取り戻すべきは、コンサルのPCの中にある綺麗に整った「正解」ではない。

踏みつけられ、均質化されようとしている「聖域の静寂」と、そこに通い続ける人々の「言葉」そのものなのだ。

私たちが決意したところに、明日は開かれる。

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