クバで屋根をふき東屋
(イメージ画像)
【原始構造体の論理】熱帯。灼熱。光線の暴力。沖縄での体験は、苛烈を極める。我々の生存空間の確保は、美学ではない。生きていくための至上命令である。
クバ(ビロウ)の葉。巨大な扇状。その繊維質は、強度と弾力性を同時に内包する。
人間は、この天然のインフラストラクチャを早くから認知し、工芸品や食器としてきた。
過剰な思考は無用。
行為は単純。切断。裂断。
葉脈に沿って抵抗を最小化し、一定の幅に規格化する。これは素材のポテンシャルを最大限に引き出すための、初期設定である。
次に、束縛。 密度計算。
厚みが薄すぎれば、直射日光と豪雨が貫通する。厚すぎれば、通気性が阻害され、内部が腐敗する。
最適解は、数千年の試行錯誤によって導き出された必然的帰結だ。
この葉の集積体は、単なる屋根ではない。それは、外部環境に対する、一種の機能性皮膚である。
茅葺き構造。幾何学的な積層。
目的はただ一つ。防風耐熱。
通気孔としての役割と、雨水を流す傾斜角が、同時に計算されている。
この粗野に見える建築行為は、極めて洗練された環境工学である。
情緒は、生存を妨害する。感傷は排泄される。
そこに存在するのは、純粋な物質と、その物質を環境に適応させる技術との、硬質な融和だ。
東屋の内部。そこに生まれる影は、周囲の光量と湿気に対する、人間側の冷徹な回答である。
原始的であること。それは、脆弱性ではない。
それは、過剰な負荷を拒否し、最小のエネルギーで最大の耐久性を獲得する、強靭な生存形態である。
クバの葉の硬質な反復。
それは、自然界における人間という存在が、許された本質の覚醒である。
静寂。機能の飽和。
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