南城市における「琉球王学」ブランドの創設と稼げる農業・食の統合的戦略
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費用対効果を最大化する地域経済の再定義南城市は、沖縄本島南東部に位置し、琉球開闢(かいびゃく)神話の舞台となる数多くの聖地や史跡を抱える、まさに沖縄の「精神的源流」とも言える地域である。
本報告書では、南城市が直面する少子高齢化や産業構造の転換という課題に対し、独自の歴史文化資産を再解釈した「琉球王学」ブランドを核とした政策検討を行う。
特に、基幹産業である農業を「稼げる産業」へと高度化し、食のブランド化を推進する一方で、最小の行政投資で最大の実績を上げる「低コスト・高効率」の戦略を提示する。
さらに、その過程で副次的に生成される農業残渣を「アップサイクル」の思想によって資源化し、地域内循環型経済を具現化する道筋を詳述する。
第1章 「琉球王学」ブランドの創設:神話と歴史の知的資本化
「琉球王学」は、南城市の政策における最上位概念として位置づけられる価値を持っている。それは、単なる歴史研究ではなく、この地に伝わる神話、王権の成立、そして自然共生の知恵を現代の地域経営に活かすための包括的なブランド戦略である。
1.1 琉球開闢神話と「はじまりの地」としてのアイデンティティ
南城市の文化遺産を紐解く上で最も重要な点は、アマミキヨ・シネリキヨという男女の夫婦神による国造り神話が、1608年の『琉球神道記』をはじめとする正史に明確に記録されていることである 。
アマミキヨが最初に降り立ったとされる久高島や、久手堅の地は、琉球における「天地創造」の現場として、県内全域から特別な崇敬を集めている 。
この「はじまりの地」という物語性は、南城市が提供するあらゆるサービスや産品に、他地域が模倣できない「真正性(オーセンティシティ)」を付与する。
1667年まで歴代国王が久高島への行幸を欠かさなかった事実は、この地が琉球王権の精神的支柱であったことを示しており、この歴史的背景こそが「琉球王学」のブランド的根拠となる 。
1.2 聖地、湧水、そして農業の三位一体
南城市の史跡(斎場御嶽、知念城跡、玉城城跡等)は、単なる石造建築物ではなく、豊かな水資源と農耕の定着と深く結びついている。
アマミキヨ神話や穀物起源神話に関わる史跡は、島尻地区でも希少な水田地帯や湧水(樋川・井戸)の周辺に集中しており、人々の定住と生産活動が神聖な物語と不可分であったことを物語っている 。
「琉球王学」の構築にあたっては、これら市内に点在する井泉を、単なる生活インフラの遺構としてではなく、誕生や新年の行事(若水)といった人生サイクルを支える「聖なるネットワーク」として再定義する必要がある 。
この精神性と生産性の融合こそが、後述する「稼げる農業」の付加価値を支える無形資産となる。
1.3 データベースを活用した知的資産の管理
ブランドの永続性を担保するためには、情報の科学的な管理が欠かせない。
南城市はすでに、指定・未指定を含めた地域の文化遺産を悉皆的に調査し、GIS(地理情報システム)を用いたデータベースを構築している 。
特筆すべきは、国や県の分類にとらわれず、「グスク」「御嶽・拝所」「樋川・井戸」「集落要素」など、南城市の特性を反映した独自の「17の文化遺産タイプ」を設定している点である 。
| 文化遺産分類(南城市独自) | 代表的な資源例 | ブランド化への活用可能性 |
|---|---|---|
| グスク | 知念城跡、玉城城跡、糸数城跡 |
「王の学び」を体験するリーダーシップ研修の場 |
| 御嶽・拝所 | 斎場御嶽、カベール御嶽 | ウェルビーイング、精神的・癒やし観光の核 |
| 樋川・井戸(フィジャー・カー) | 垣花樋川、仲村渠樋川 | 「生命の水」をストーリーとした特産品・飲料開発 |
| 集落要素 | 奥武島、久高島、久手堅の伝統・祭祀(當間殿の結界機能)集落 | 伝統的な生活知恵に触れるサステナブル・ツアー |
第2章 「稼げる農業」への転換:食のブランド化と経済合理性
南城市の農業は県内トップクラスの生産量を誇るが、現状では市場流通における「コモディティ(汎用品)」としての側面が強い。
これを「琉球王学」のストーリーとデジタルマーケティングによって高付加価値化し、生産者の収益を最大化することが本政策の核心である。
2.1 主力産品のポテンシャルと「食」の背景
南城市は、サヤインゲンとオクラの県内出荷量1位を誇り、他にも8品目が県内トップ5に入る農業先進地である 。
また、ウコンやノニなどの薬草を加工した健康食品の産地としても知られている 。
これらの産品は、前述の「神話が伝わる肥沃な土壌」と「清冽な湧水」によって育まれてきたという強力なエビデンスを有している。
| 主力品目 | 県内順位 | 琉球王学ブランドにおける位置づけ |
|---|---|---|
| サヤインゲン | 1位 | 伝統的な祝祭・祭祀と結びついた「縁起物」としての訴求 |
| オクラ | 1位 | ネバネバ成分の健康価値を「王の長寿食」として再定義 |
| ウコン | 産地 | 聖地の土壌が育む「黄金の薬草」としての展開 |
| モズク(養殖) | 盛ん | 「神の島」周辺の海域で育つ清浄な海産物 |
| タウム(養殖) | 根の力 | 「斎場御嶽」周辺で育つ伝統的な農産物 |
2.2 D2Cモデルと低コストマーケティングの導入
「稼げる農業」を実現するためには、卸売市場への依存を相対的に低下させ、生産者が直接消費者に販売するD2C(Direct to Consumer)モデルの構築が不可欠である。
宮崎県における完熟マンゴーの成功事例が示すように、生産者の顔が見えるストーリーテリングとSNSの活用により、流通コストを削減しつつ高単価での販売が可能となる 。
南城市においても、広告宣伝費を抑えるために「マイクロインフルエンサー」や「ファンコミュニティ」を活用する。
フォロワー数よりも、特定のテーマ(健康、歴史、祈り、サステナビリティ)に対するエンゲージメントが高いインフルエンサーを招致し、南城市の農業の背景にある「琉球王学」の物語を発信してもらうことで、質の高い顧客層をターゲットにできる 。
2.3 行政による生産基盤への戦略的投資
費用を抑える戦略の一環として、市は生産者の直接的な利益につながる分野に補助金を集中させている。
令和7年度に向けた施設資材購入補助金や、土づくり奨励補助金(堆肥・緑肥の購入補助)は、農家の初期投資や生産コストを軽減し、経営の安定化を直接的に支援するものである 。
また、「農業収入保険制度」への加入支援は、気候変動リスクに対する農家のレジリエンス(回復力)を高め、持続可能な農業経営を担保する 。
これらの公的支援は、単なる「バラマキ」ではなく、ブランド化に向けた「品質の均一化」と「供給の安定化」を目的とした戦略的投資と位置づけられる。
第3章 副次効果としての「アップサイクル」思想の具現化
「琉球王学」が目指すのは、自然との共生である。
農業生産の過程で発生する膨大な廃棄物(農業残渣)を、新たな付加価値を持つ製品へと転換する「アップサイクル」は、この思想を最も現代的に体現する事業となる。
3.1 農業残渣の資源化:オクラ、サトウキビ、ウコン
南城市の特産品であるオクラは、実を収穫した後に残る「茎」が大量の廃棄物となる。しかし、オクラの茎は強靭な繊維質を含んでおり、これを再利用する試みは、家庭菜園レベルから産業レベルへと拡大する余地がある 。
沖縄県内ではすでに、サトウキビの搾りかす(バガス)をデニム生地やかりゆしウェアへとアップサイクルする技術が確立されており、SHIMA DENIM WORKSなどの企業によって、バガスを活用したスニーカーやバッグが製品化されている 。
南城市においても、オクラの茎やウコンの残渣を同様のプロセスで「繊維」や「紙」へと転換することが可能である。
3.2 染色技術とマルチステップ・アップサイクル
ウコンの加工残渣については、岐阜県の株式会社艶金が展開する「のこり染」のような技術との連携が考えられる。
食品加工後の残渣を染料として活用し、さらにその染色後の残渣を建材や生活雑貨(UP FOOD STONE等)へと二段階に利用する「マルチステップ・アップサイクル」は、廃棄物をゼロに近づける極めて効率的なモデルである 。
このような取り組みは、南城市の産品が「食べられる」だけでなく、「身につけられる」「空間を彩る」という多角的なブランド展開を可能にする。
これは、単なるゴミの削減という消極的な理由ではなく、斎場御嶽が担ってきた祈りと豊穣の場という性格を踏まえ、それを現代の農産物ブランドの物語として継承することは、『琉球王国の世界観に学ぶ』という意味で『琉球王学』の志向とも響き合い、「琉球王学」の哲学にも合致する。
3.3 植物性新素材の可能性:東京大学の革新技術
さらに将来的な展望として、東京大学生産技術研究所などが開発した「完全植物性」の新素材技術の導入が検討に値する。野菜や果物の皮、芯、種などをフリーズドライして粉砕し、熱圧縮成形することで、コンクリートを上回る強度を持つ素材が生成できる 。
| 原料となる残渣 | 期待されるアップサイクル製品 | 備考 |
|---|---|---|
| オクラの茎 | 繊維製品、紙、和紙、建築用支柱 | 繊維の強さを活かした耐久消費財 |
| ウコン残渣 | 自然染料(のこり染)、UP FOOD STONE | 聖地の黄金色を活かしたアパレル・雑貨 |
| サトウキビ・バガス | デニム生地、スニーカー、タオル | すでに県内で成功事例があり、連携が容易 |
| パイナップル葉 | ファッション用繊維、ヴィーガンレザー | 沖縄県内での量産体制が整いつつある |
第4章 戦略の最適化:最小コストで最大効果を上げる仕組み
限られた行政予算の中で最大の成果を上げるためには、ハードウェア(施設建設)に頼らないソフトウェア中心の戦略が求められる。
4.1 地域おこし協力隊と外部人材の戦略的活用
南城市は、久高島の特産品販路拡大や空き家の利活用などに、地域おこし協力隊を積極的に募集している 。これら意欲の高い外部人材を、単なる「労働力」としてではなく、「琉球王学」ブランドのクリエイティブ・ディレクターやデジタルマーケティングの専門家として位置づける。
また、都市部の副業・兼業人材を活用する「地域の右腕」プロジェクトのような仕組みを導入することで、固定費を抑えながら高度な経営・広報スキルを地域に取り入れることができる 。
これは、多額のコンサルティング費用を支払うよりも、はるかに持続的かつコスト効率の高い手法である。
4.2 既存資産の「読み替え」による観光振興
新たな観光拠点を建設するのではなく、既存の景観資源やカフェ、歴史遺産を「琉球王学」という文脈で繋ぎ合わせ、一つの「巨大な博物館(フィールドミュージアム)」として見立てる。
南城市が推進する「いやしと健康」をテーマにした滞在交流型観光は、まさにこの発想に基づいている 。
眺望に優れた既存のカフェや喫茶店を、ブランドの「公式サテライト」として認定し、そこで南城市の産品やアップサイクル製品を提供してもらう。
これにより、インフラ整備費用を最小限に抑えつつ、市内全域を網羅する観光ネットワークを構築できる。
4.3 市民参加型調査とシビックプライドの醸成
ブランドの真の担い手は、そこに住む市民である。文化財基礎調査において市民自らが調査可能な「カルテのモデル」を作成し、6地区で先行的に悉皆調査を行った試みは、コストを抑えるだけでなく、住民が地域の価値を再発見する機会となっている 。
市民が自らのルーツ(琉球王学)を学び、それを誇りに思うことで、一人一人がブランドのアンバサダー(広報大使)となる。
SNSでの自発的な発信や、来訪者に対するホスピタリティの向上は、金銭では買えない最大の「広報効果」を生む。
第5章 結論:南城モデルが示唆する地方創生の未来
南城市として推進する「琉球王学」ブランドの創設と、それに基づく「稼げる農業」および「アップサイクル」の統合戦略は、単なる地域振興策を超え、日本各地の自治体が直面する課題に対する一つの解(南城モデル)を提示している。
5.1 経済的価値と精神的価値の再統合
琉球王学は、神話という「見えない資産」を、農業やアップサイクルという「見える製品」へと変換する触媒である。
この変換プロセスにおいて、消費者は単に物を買うのではなく、南城市が守り抜いてきた歴史や哲学を享受することになる。この高い顧客満足度が、高単価な産品の販売を支え、「稼げる農業」を可能にする。
5.2 循環型社会の先駆例としてのアップサイクル
農業残渣のアップサイクルは、単なる環境保護活動ではない。それは、限られた資源を公平に分かち合い、無駄を排してきた久高島の共有地制度や伝統的習俗に根ざした、南城市ならではの倫理観の具現化である 。
この物語性が、製品に唯一無二の価値を与え、都市部の感度の高い消費者を惹きつける。
5.3 持続可能な政策のあり方
「費用を抑え、効果を最大化する」という戦略は、自治体経営の基本原則であるべきである。
デジタル技術(GIS、SNS、D2C)を駆使し、外部人材(協力隊、副業人材)を賢く起用し、既存の資産(文化遺産、カフェ)に新たな文脈(琉球王学)を与える。
この「知恵の集約」こそが、莫大な予算に頼らない、これからの地方創生の王道である。
南城市は、沖縄の「はじまりの地」であるという誇りを胸に、歴史と未来、精神と経済、自然と技術が美しく循環する、新たな「王の学び」の場を創造し続けていく。
その成果は、産品の売上向上や観光客数の増加といった数字のみならず、次世代へ継承されるべき「誇りある風景」として結実することだろう。
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