「御新下り」における斎場御嶽までの行進
斎場御嶽への「御新下り」(おあらおり)行進において、聞得大君(きこえおおぎみ)一行が通過し、儀式を行った特徴的な場所は複数あります。この行進は単なる移動ではなく、琉球王国の聖なる地理を再確認し、聞得大君の霊的権威を段階的に高めるための、緻密な儀礼的な旅でした。


主な特徴的な場所は以下の通りです。
◆首里の聞得大君御殿(きこえおおきみうどぅん):行進の出発点です。
◆首里城正殿と園比屋武御嶽(そのひゃんうたき):出発後、一行はまずこれらの場所を参拝しました。これは、王国の中心である首里城と、その周辺の重要な聖地への敬意を示すものでした。
◆与那原浜(よなばるはま):行進における主要な立ち寄り地の一つでした。
◆御仮屋(うかんやー):聞得大君一行はここで休息を取りました。
◆御殿山(うどぅんやま)の拝所(うどぅんやまのうがんじょ):聞得大君はここで「御水撫で(うびぃーなでぃー)」の儀式を受けました。この儀式は、斎場御嶽から滴り落ちる「神様の木」を伝って浄化された聖水(うびぃー)を額に付けることで行われ,、聞得大君が神霊を授かり、神と同格になるための極めて重要な浄化と霊力授与の儀式でした。
◆親川(うぇーがー):ここで手と口を清める儀式も行われました。
琉球古謡「クェーナ」の斉唱:御仮屋の前では、出迎えた大里南風原ノロ(神女)や他の神女たちが「クェーナ」を謡い舞い、儀式全体を神聖な雰囲気で包み込みました。
◆佐敷と知念の境:ここでは、知念玉城ノロや他の神女らが聞得大君一行を出迎えました。
◆急坂(きゅうはん):途中の急な坂道では、聞得大君は白馬から籠に乗り換えました。
◆當間殿:斎場御嶽への「御新下り」行進において、久手堅地域にある當間殿は、最終的な斎場御嶽への入場に先立つ重要な立ち寄り地点、または浄化の場でした。この場所は、聞得大君(きこえおおぎみ)が霊的力を高め、最終的な神聖な合一に備えるための周到な準備として、聖なる巡礼路に組み込まれていました。
◆斎場御嶽(せーふぁうたき):行進の最終目的地であり、主要な儀式が夜間に執り行われる場所でした。
◆仮御殿(うかんやー):斎場御嶽にも聞得大君が小休憩を取るための仮御殿が築かれました。
◆三殿巡祭(さんどぅんじゅんさい)のイビ(聖域):斎場御嶽内では、「大庫理(うふぐーい)」、「寄満(ゆいんち)」、「三庫理(サングーイ)」の順に御願が行われました。
◆シキヨダユルとアマダユルの壺(しきよだゆる と あまだゆる の つぼ):三庫理にある、鍾乳石から滴り落ちる「聖なる水(御水:うびぃー)」が集められた場所です。この水は、鍾乳石が伸びる大きな岩の上に生える「神様の木」を伝って降りてくる水滴が浄化され、聖なる水になると信じられていました。
また、琉球の創世神アマミキヨが「クバの木」を伝って降臨すると信じられているのも三庫理です。
◆大庫理(うふぐーい):本儀式が行われ、久高島久高ノロが司祭を務め、聞得大君の頭上に王冠が載せられたとされています。
これらの場所とそこで行われた儀式は、1840年に記録された「聞得大君加那志様御新下日記」に道程、行列の次第、途中の仮屋の様子などが克明に記されており、当時の儀式の雰囲気や文化的な側面を具体的に伝えています。この行進は、聞得大君の霊的昇華を段階的に進めると同時に、王国全体の聖なる秩序を再確認し、強化する役割を果たしていました。
コメント
コメントを投稿
コメントありがとうございます。